1952年のR収集

確認できた訪中者は24名だった。高良とみ訪中後に中国との貿易を画策する商社代表が訪中している。確認できたのは4名のみだった。商社代表の個別法中のほか、鈴木一雄や櫻井英雄などの訪中は経済貿易としては目立つ人物である。また、この時期中村翫右衛門のような非合法の形式で訪中した人物もいる。そうした人物は北京での活動(アジア太平洋地域平和会議など)に参加した後、数年中国に滞在を続けている。平和運動、労組関係者などがいる。

タイトルは102あった。高良とみ等によるものは、新中国に対する見聞を新鮮に伝えるタイトルと貿易交流の実現性や期待に言及するものが多い。アジア太平洋地域平和会議については、会議について纏めたものが一冊見つかった。個別の雑誌記事などは南博や亀田東伍を除いては少ないが、中村翫右衛門はその後数年滞在したこともあり記事は多い。労組関係はほとんど書いていないようである。

西園寺公一はこの時、プラハ、ウィーンから北京訪問しているが、度々訪問しているのでタイトルからだけでは判別が難しい。個別に見てみたい。

波多野勝等編のもので、中尾和夫の記録が出ている。